2011年3月30日水曜日

部屋探し②

エージェントの目がきらりと光り、そのまま車でゴーアェイー。

「日本津波で大変なことになってるね」

「大丈夫だった?」

「うちは南西だから幸い被害はなかったけど、、決して幸運にもとは言えない・・」

「おーけー。残念だったと思うよ」

ここでいくつか聞き苦しい話を聞かされた。あえて不問。

「おーけー。次はここね。中国人の女性とフィリピンの女性が住んでいるよ」

「男大丈夫なの」

「問題ないよ、大丈夫。きれいに部屋使っているし。家具も揃っているから」

 やっぱりHDB。でもきれい。部屋は案の定鉄条網あり。家主の中国人女性が走って帰ってきてくれた。

 部屋はシェアスペースにソファ、マッサージチェア、TV、Fan、物置等々。奥の僕の部屋は彼女の部屋と比べると狭いが、問題ない程度。Hpも近い。かなりよい物件。値段もそこそこ。。どうしようかと悩んでいるとシェアメイトになるかもしれない女性が弾丸トークでエージェントとマンダリンで話始める。まさか英語が話せない。。。。いえ、話せました。ただ黙っていただけみたい。この部屋いい。Hpも近い。7,8人でなんて暮らせない。家にいる時ぐらい静かな部屋で一人ゆっくりしたい。ここ今のところナンバーワン。

部屋を出てエージェントが聞いてきた。「どうだった」

まぁまぁと答えておく。

「次のは広いよー。オーナーいないし。週末だけ帰ってくるから、それ以外はあなたが全部使えるよ。気兼ねいらないし。HDBだけど広いよ」

見に行ってみると確かに広い。広い。キッチン・トイレもすべて完備。部屋にもトイレあり。。。だけど、、、部屋にトイレ、、、ないほうがいいみたい。。。。刑務所みたいだった。一般的に想像するトイレとは違い、プラスチックのアコーディオンカーテンの向こうに洋式トイレがあるだけ。。。困った、、これないほうがいい。きっとこれは「プライベートトイレあり!!」みたいに物件には書かれるんだろうな。やっぱり見ないと決めちゃいけないよ。ほんと。

下はホッカーセンターがあっていつでも食事可能。これは便利。だけど、、なんか、、昭和のアパート的な感じ。

車に乗りながらエージェントが聞いてくる。

「どうだったかなぁ。僕の物件。いいのがあったかなぁ。お客さんに気に入ってもらえたらうれいしいよ。僕は一度っきりの商売はしないんだよぉ、ドクター。ドクターがひと段落して家所有したくなったら連絡してよ。コンドとかいっぱいいいのあるから。それを人に貸したりしたらいいから。やり方はまた僕と相談しよう。いつでも連絡待っているよ」

MRTでポツネンと一人立ちつくす。

これでいいのか、物件探し。。。

いや、こんなもんかもしれない。異国の地で一人でやってるんだから。こんなもんだろう。


夜ごはんをClarke QuayのMRI地下で食べた。なかなかおいしかった。

2011年3月29日火曜日

部屋探し①

朝起きてシャワーを浴びネットで検索。

いい物件あり。即電話。

「あの部屋なんですけどー」

「あー、空いているよー。すごくいい部屋だよー。シンガポール人が住んでるよ。いいよね?」

「あーはい。どんな感じですかー」

「えとねー、中国から来たシンガポール人がねー、家族ですんでいてねー、あーそれからカップルがいるねー。子供が二人いるよー」

 どんな部屋だ・・。

怖いもの見たさでapply。

約束の時間にはもちろんこないしんがぽータイムのエージェント。

「そーりーそーりー。いやー、ここいい部屋だよー」

エージェントを待っている間に、、、わかった。ここは超下町。。ほとんど全員中国系。洗濯物が部屋から外へとずらずらとほされている。

エレベーターで6階へ。

部屋の入り口鉄柵あり(あとでわかったけど、普通のことみたい)。馬鹿でかい「福」と書かれたペナントみたいなものがでかでかと入り口の扉に張ってある。

「ここだよー」

入ってみると、二人はマンダリンで楽しく会話。私そっちのけ。

入ってみると、、、2LDKぐらいのところのキッチンでお母さんが豆の皮を向いている。やややんちゃそうな娘がネットでTVを見ている。。。

「おくの部屋が君のだよー。その奥がカップル住んでるからね」

ここに何人住んでいるんだ。。。。私を入れて8人。。。。

トイレを見る。お風呂をみる。。絶句。

無理無理!!!ここ無理!!

「なんでもオーナーに聞いたらいいよ」

聞くことすら浮かばない。

「えーと、ネットとかってどうなってます」

エージェントがそのままマンダリン(公的中国語)に訳してくれる。

「あー、ここねー、違法なのよー。あなた自分でセッティングしてねー」

無理無理!!!ここ無理!!

突然中国の家に放り出された一人っ子みたいになっていました。。

部屋を出て

「どう、ここは?」

「・・・ほかに心当たりありますか」

エージェントがもちろん、という風に親指を立てた。大丈夫かなこのエージェント。

エレベーターを降りて下でもうひとつの物件のオーナーに電話してくれた。

電話口でオーナーの中国語が聞こえる。

そうするとエージェントがいくつか質問してくる。

僕が英語で答える。

エージェントが中国語で伝える。

これを数回繰り返した。なんだか不思議な感じ。ここでは外国人なんだけど、さらに一皮かぶった外国人のように感じる。

「次の物件はいいよ。すごくいい。フィリピン人と中国人との3人シェアになるけど、、いいよぉ。オーナーがいないし」

エージェントの目がきらりと光った。

さあ、もう来るなら来い。

続く。
 
 
 
 

away from JPN

Far away from JPN, on TV, news about atomic plants with contaminated materials flying away even to Okayama prefecture, reminds me that something unstable way of feeling as a Japanese man. It will take quite a long time to get over this ongoing disaster, however, we Japanese will recover from this catastrophic situation as... we had recovered from WWII.

I pray for Japan and Japanese nations from Singapore.

2011年3月28日月曜日

シンガポール、部屋探し、ネット、新聞

便利帳

1)シンガポール掲示板
日本人向けの掲示板です。まずはここからスタート。

2)Flat DB(英語)
なんとなく土地勘を掴んだら、目的の場所を絞って検索。

3)Property Guru
このサイトの中にある「On Map」ボタンがとっても便利。自分の場所と借りたい賃貸が一目でわかります。

4)Straitstimes
 新聞を購入。とくに日曜版がお買い得。約90セント。CATSという日曜版みたいなものにずらりと載っています。平日でも載っています。



 
 
 
 

ドミトリー

RuckSack Inn 2

というところに泊っています。今部屋探し中。

Novena辺りではやはり$500-700が最低家賃のようです。近いように見えてHighwayの向こうだと渡る方法がなく、やはり同じブロック周囲にしたほうがよさそうです。Google Mapで自分の通勤場所を確認することができます。便利な世の中です。本当に。
 行こうと思ったところを事前にGoogle Streetで確認しておけば、まず迷うことがありません。ただ奇妙な、デジャブのような錯覚に襲われます。来たことがないのに、「あ、目印の看板だ」と気付きます。

これからすること

1)家探し

2)30日のMOM登録、SMC登録(小切手の手続きは終了)

3)TOEFL試験の再手配

などなど。

シンガポールでサバイバル、です。

2011年3月27日日曜日

Eats, Shoots & Leaves




Eats, Shoots & Leaves


カナダ人ジャーナリストに教えていただいた本。題名と表紙をみてニヤリ、とした人は一読の価値ありです。

cheque

POSBで小切手ゲット。
登録料を小切手切らないといけないところが新嘉坡流といったところでしょうか。ATMはもちろん24時間手数料無料です。登録すれば手数料無料といった銀行が多い日本ですが、これが当たり前ではと思うようになりました。5時過ぎたから、6時過ぎたからといってなぜ手数料が加わるのでしょうか。。

2011年3月25日金曜日

携帯電話ゲット。

携帯電話ゲット。
Little Indiaに行きSIMカードを商店で購入、携帯電話を少し離れたお店でS$35で購入。PassPortとEmployment Passが購入時に必要ですが問題なく購入終了。SMSも簡単に使えます。日本でSIMロックをかけている必要性がわからなくなりました。利用者ではなく、会社側の都合??

22日にシンガポール入りしmedical checkを受け無事就業前検査終了。 行ってみると荷物の(私の大きなスーツケース)置き場が病院内になく、仕方なく安いinnへ持っていくことに。

ここで不安が立ち上ってくる。安いinnで貴重品を置いておくことが果たしてできるか。。。

行ってみると杞憂。

Ruck Sack Inn2(http://www.rucksackinn.com/)

というかなり快適な場所。数々のドミトリーにとまったが、ここが一番快適(もちろんバンコックと比べれば高いところです)。

タクシーさえ通り過ごしてしまった小さな入り口から中へ。入り口は完全オートロック式。

翌日はStarHubに携帯を買いにいくも「ビザが短すぎる」と却下。オーチャードをトボトボ歩きながらなんとなくTTSHに到着。かばんに入れていた八つ橋をSenior Consultantに渡すと「で、いつから働くんだい」とご陽気。

さっきまでの太陽サンサン、トボトボは一蹴されてしまった。まさに天と地の差。

翌日にようやくプリペイド携帯を手に入れ、住居取得の足がかりとしました。

スタッフのアリさんがとても優しく、家を探しているといえば新聞の広告を持ってきてくれました。ありがたい。

今日は小切手の作成。またUpします。

 
 
 
 
 

2011年3月23日水曜日

Here in Singapore

Dear all friends

I am now in Singapore, in a cheaper inn sharing a room with up to 10 people together. However, I think it is a better start for me cos to restart my career here.

Even at the beggining of the start, not a few people such as local people help me, advise me and give me phone number in case of inconvenience.. what a wonderful world.

Of course I have many things to deal with but I think I can do it.

2011年3月18日金曜日

ありがとうございました。

本日国内からの最後のUPです。



短い間でしたが、この1年間たくさんの方に拝読していただき誠にありがとうございました。

大学の先生も多数見に来ていただいたようで、恥ずかしい限りですがこれも一つの一里塚と思い書きつづりました。

次回の更新はNNIからになるかと思います。

しばらくは慣れることに忙しくて大変かと思いますが、がんばってみます。

国難の真っ只中で異国に行くことはためらわれますが、自分の歩みだした道を全うするのが、今の自分にできることです。それが日本の国益につながると信じやっていく所存です。

次回はシンガポールからです。

みなさんと一里塚をともにできたことを、誇りに思います。

2011年3月16日水曜日

住民票

本日シンガポールへの海外転出届提出。

移転先:シンガポール

となっている書類を眺めていました。

国民健康保険から離脱です。

2011年3月15日火曜日

仕事納め

 有給をいただきました。

 といっても残務処理です。患者の診断書を書いています。

長い、長い、あっという間の時間でした。

どんなつらい思い出も、時間は楽しい思い出に変えてくれます。

時間が解決してくれます。

ここでの2年間を後悔することはありません。

シンガポール行きのチケットをくれた場所だから。

新しい時間を提供してくれた場所。

何物にも負けず、つぶれず、くさらず、やってこれたのだから。


今日明日で外来を整理します。そうして旅立ちです。

シンガポール留学・臨床への道は第二幕を迎えます。


日本人脳神経外科初と言えばおこがましいですが、がんばってまいります。

一人医長の時間は大切な時間でした。

シンガポールが新しい舞台です。これがおそらく、この病院から書く最後のブログです。

この病院は私を持って常勤廃止となります。

この半年、その対応に心が何度も折れそうになりました。

最後には親戚のCPAにも偶然立ち会いました。septic shockでもうだめかと思いましたが、ショックだけはリカバーさせることができました。奇縁ですが最後の最後で「患者側」と「医者側」に立つことになりました。神様もオツな演出をするものです。「患者」として病院の「待合室」に座ることの本当の意味や辛さや悲しみを、最後の最後で教えていただきました。

一生忘れない出来事です。

思い出の詰まった場所ですが、サヨナラの時間です。

次はシンガポールからでしょうか。まだ決めていません。





追伸:被災された方々には心より追悼申し上げます。自分のできる場所でできることをし尽くす。それが私のできることです。

2011年3月7日月曜日

雑文

住民票

国民年金

国民健康保険

確定申告

仕事おさめ

シンガポール書類一式準備

部屋片付け

引越し

あいさつ回り

送迎会

出しておきたい手紙

お別れの言葉

借りていたCDを返す(で、今あなたはどこに??)

スーツクリーニングへ

ホテルの予約

内科紹介状作成

レセプト作成

2011年3月3日木曜日

諦観

ここ4年温め続けていたデータがありました。

日本を離れるにあたり、元の施設にすべて預けることに決めました。

心血を注いだデータは子供のようなものです。

人生は短く、時に過酷な取捨選択を迫られるようです。

「少年老い易く、学成り難し」

ほんと、そうですね。
 
 
 
 
 
 

2011年3月2日水曜日

3月

はやいもので3月。


あと3週間でシンガポール入りとなりました。

ブログの題名
「シンガポール留学・臨床への道」

は一つの終わりを告げます。

今題名を変えるべきか悩み始めました。

ただ、しばらくはこのままで続けようかと思います。

僕の裸踊りがいつかささやかでも何かの動きに繋がればいいです。

今日したこと
1)論文の病理所見記載終了。英文校正会社に見積もり提出。

2)入院患者さんの振り分け。