2012年9月9日日曜日

Japanese Translator

 ローカル病院だけれど、時々日本人が入院してきます。1440床で日本人率経験上数人。数カ月に一人の計算。

 なので通訳が必要になる率はとてつもなく低いんだけれど、時々直接携帯にかかってくる。

「外科なんだけど、、日本人がいるんだけど、通訳できる?」


 こっちが長い人が多いので英語は話せるんだけど、やっぱり医学関係になるとどうしても突っ込んだ質問や疑問を伝えることが困難になる。だけどOpeが関係してくることだから、ホテルで水の流れが悪いとかとは訳が違い、「まぁいいや」とはいかない。

 Opeや当直があるからいつも対応できるわけじゃないんだけど、出来る範囲で対応するようにしている。病院イントラネットに公式通訳が提示されているけど、その資料もとっても古そうなので本当に対応できるかどうか不安。。。インドの一地域(何言語かもわからない)なんかも対応してくれる。パンジャビーとかだったろうか。
 
 基本的にはナースに声をかけて、「これ話せる人いない??」と聞くのが早道。大抵一人か二人は話せる人がいる。よっぽどマイナーな言語でなければ。

 客家語が話せる人は非常にまれ。おばあちゃんとか時々客家語しか話せない人がいるんだけど、そもそも話せる人が病院にいなかったりする。琉球語しか話せないおばあちゃんが東京の病院に入院しているような感じだろうか。ウチナンチューの高齢者同士が会話しているシーンをTVで見たけど(竹富島?)、まったくわからなかった。そんな感じなんだと思う。本土系中国人の方も「わからないわ、何言っているか」と諦めていた。


 こっちの人は普通に3ヶ国語は話せるので楽ちんなんだけれど、やっぱりそれでも全てに対応できるわけではない様子。僕はまだ二カ国語だけだけど、来年の夏ぐらいまでには中国語でやり合えるようになっていたい。まったく勉強したことなかったから、未知の言語だけど漢字という共通文化があるので、日本人には少し有利。









2012年9月8日土曜日

振り返り

必要があって少し昔の投稿を見返していました。

なんとも失礼な記載等もありましたが、当時のまま残しておくのもそれはそれと思い、変更もせずにおいています。諸関係方々あの時はご迷惑をおかけしました。

1月からまた別の企画が始まりそうです。10月の総会で某出版社と企画打ち合わせをすることになり、総会発表、帰国を兼ねて大阪でインタビューを行うことになりました。インタビューと言っても企画会議なんですが。

 まだ実現するかどうかわかりませんが、とりあえず出版社との打ち合わせまで話が進むことになりました。今後が楽しみですが、どうなるかは蓋をあけるまではわかりません。


 アジアを就職活動の場と考える医師・医学生はいるのだろうか。


それが企画会議の一つのテーマになりそうです。外科医であればインドも視野に入れてもいい時代が来たのかなという印象が出てきました。デバイスも日本価格よりも圧倒的に安く購入できますし、まず外科症例数がケタが違ってきます。

 中国は20床(脳外専用)あるOpe場を毎日回していると聞きました。レジストラが1年交代で医局長のような役割を担い、ほとんど家に帰れず(病院に住む、と言ってました)、絶大な権力・執行力を授与され、「お前はOpe何番」「お前はあっち」と絶対命令を毎日出して回しているとのことでした(20床のOpe場を回すなら、そういう人が絶対いる、、うんうん)。


 さて、日本。


国内で医師が足りていないという時代に、海外に出ていくのか。出てなにを学ぶのか。日本のほうが優れているだろうに。




 均一化する情報・技術の中で、どうして海外なのか。あるいはどうして国内で医療をするのか。

 臨床医として海外を経験するというのはどういう意味があるのか。

 サムソンがUAE・ドゥバイと病院経営を広げていく中、「日本の医療は一番」と言っている日本のプレゼンスはどうしてないのか。John Hopkins病院の海外分院、Duke大学の医学教育輸出(立派な輸出品)ができるのに、なぜ一流と言われる日本の大学医学部が海外に出ていき教育を輸出できないのか。内視鏡技術が一番というなら、講習会を世界中で開いて小銭を稼げばいい。 
日本の企業が病院に器具売り込みに来ているのを見たことがありません。


一方で、アジアに医療を展開していこうとしている人々(ボランティアではなく起業として)が増えています。インドの医療展開を狙った約4000億円の案件等、ワクワクするようなことをしている方もおられます(日本は結局関わりすらしなかった様子)。




 途中で倒れるかもしれないランナー(倒れたけど)ですが、走っているからこそ伝えることが出来ることがある、と出版社の方から仰っていただきました。租原稿ではOKをいただきましたので、1月ぐらいから本格的に動き出しそうです。

 今から楽しみです。







2012年9月1日土曜日

ボスの家

ボスの家にご招待されワインをひとしきり飲ませていただいた。

Yarra Yering Wine

とってもおいしい。

フルボトルを奥さんと一緒にみんなで空けてしまった。

家の池に鯉が跳ねている。

「these are Nishiki-Goi」

うれしそうに教えてくれた。シンガポールでは池の低温化が難しく、池の底を深く作っておかないと大きくなれないのだそうだ。

同僚がUKのOxfordに出発するのでその前祝い。何故僕も招待されたかは不明。。

おいしいラザニアをいただきながら、途中でSecond Headも合流し?バカ話全開。



こういう夜が来るなんてと不思議に庭に目をやった。

鯉が跳ねる音が静かに響いた。

8月末に起こった至福の時間。

「虫垂はアルコール消毒だなぁ」と笑っているボスも、したたかに酔っていた。

さあ、また明日からがんばろう。

2012年8月28日火曜日

帰国

帰国し職場復帰しております。
なかなかつらい痛み。時折まだ激しい挿し込むような痛みが数秒。やっぱり歩くとしんどい。。。

 火曜日のGrand Roundでは普通に患者報告が出来るまでに回復。。。。英語は鈍ってなかった。よかった、よかった。

 痛いってつらいなぁ。

 患者さんのことがよくわかる。。。。

2012年8月19日日曜日

帰国

療養も兼ねて、日本に帰ります。

ボスも、しばらく休んだらいいと言ってくれました。シンガポール国内のレジストラ移動があったりと、自分の動きがすでに自分だけのものではないことを実感しています。

少し休養いたします。

正直頑張りすぎたのだと思いました。でもそうやってしか出来ない時期、というのがあるんだと思います。

その時期に手を抜かずがんばったことを誇りに思っています。


明日の朝早くの便に乗ります。まだかばんには何も詰めていません。詰める物があまり浮かびません。コンビニ袋にパスポート放り込むだけでも帰れるような気もします。

ここで働き始めて、9か月。早いような短いような。


ただだか腹腔鏡手術を受けただけで、これほど動けなくなるとは。。。。。ようやく亀の動きからちょっと遅い二足歩行になりました。

少し休みます。

ではまた。

2012年8月16日木曜日

小休止

がむしゃらにここまで来ましたが、さすがに体が悲鳴を上げたようです(笑)。

術後3日目ですが、自宅で療養させていただいております。

体が少し、今無理してるよ、とは言っていたのはわかっていたんですが、忙しさにかまけて、いたわってやることをしていなかったようです。反省です。


元気は元気なんですが、やはり体はだるく、軽度炎症が残っているからだと思われます。low feverといったところでしょうか。

明日は会議なので、できたら行きたいなぁと思っているんですが、調子をみてからにしようかと思います。術前プレゼンが明日はないので、負担は軽いのですが、出席するだけで為になる場所なので当直で走り回っているのでない限り出席するよう心がけています。


斎藤一人さんという方がある患者さんの質問に答えていました。

「右足が痺れてつらいんですけど、どうしたらいいですか」

「痺れていない左足に『痺れてなくてありがとう』と言いなさい」というのがありました。


痛みがない、というのはフィックスではない、ということを肝に銘じておかないといけないですね。

術後友人が持ってきてくれたお寿司を食べた時の嬉しさ、お粥の美味しさ。そういった一つ一つが大変ありがたいものでした。

 心配しながらも冗談を言って気を紛れさせてくれるシンガポールのスタッフ達の心の温かさ。まだ短い期間ですが、共に難手術を乗り越えてきた同志としての絆のようなものがすでに芽生えていることを改めて知りました。


 もう少し休んだら、もう少しがんばってみようと思います。いてててて。




2012年8月15日水曜日

久々の投稿

なかなかブログをUPできていませんでした。

凄く長い時間だったような気もします。


ちと体調が優れず入院しておりました。

なんとかやっております。

入院自体はほんの3日間でしたが、A&E受診、救急処置、診察、入院、検査、手術とあれよあれよと進んでいき、気がつけば僕の虫垂は外に取りだされていました。

しかしここで虫垂炎になるとは。

穿孔性でしたが小孔でPelvicの炎症も極最少だったとのこと、助かりました。

しかし腹腔鏡下の手術はすごい。術後回復がやたら早いですね。術後2日ですでに退院です。


入院経験を通して、海外で手術を受ける時の不安さや言語的不理解等、なかなか大変なものだと実感しました。私は日常でConsentや輸血をしているのでむしろちゃんとやってくれているという安心感を感じましたが、言葉の理解が難しい日本人だと、これは大変だなと思った次第です。常駐の日本語通訳者はここにはいませんので、かなり厳しい状況になるだろうなと思いました。


また詳しくかけたら書きますので。

おやすみなさい。