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2011年11月15日火曜日

悪玖夢博士の経済入門

悪玖夢博士の経済入門

橘玲(たちばな あきら)

お勧め度★★☆☆☆
 橘玲さんの本は大体目を通している。
最初に「マネーロンダリング」を読んだ時の感動は忘れられない。どん底にある人間を救った出来事が最後に出てくるのだが、これが衝撃。そしてそれがただの小説やおとぎ話でないであろうというリアリズムが最初から最後の一行まで貫かれている。こんな経済小説があるのだろうかと思うほどに忘れられない本だった。


 Clarke Quayにあるブックマートに置いてあった一冊。内容はあまりないのだけれど、行動心理学の基本原理を一つ一つお話にしてくれている。面白いっちゃあ面白いし、あえて読むかと言われれば、他に読む本があるとも言えるぐらいの本。橘玲好きの人には、「あぁ、こういうのも書きたかったんだろうな」というちょっとした息抜きをしてる感があります。まぁ気晴らし程度に良いのではないでしょうか。

2011年10月20日木曜日

「夢をかなえるゾウ」

書評
自己啓発本の中でも異色の小説型ドラマツルギーを展開されている、一昔前に流行った本です。
内容はすでに述べられているものばかりなのでこの手のものとしては「要約本」として読まれる方も多かったのではないでしょうか。
それでもこの手の本が売れ続ける理由も記載されています。
それは言葉にするととっても簡単なことなのですが、

「実行する人が極めて少ない」ということです。

・靴を磨く
・参拝する
・毎日感謝する
・人の成功をサポートする
・トイレを掃除する

等です。
どれもこれも当たり前っちゃあ当たり前のことなのですが、意識していないとつい忘れてしまうことだと思います。特にトイレを掃除する、というのはなかなか手を出せない人が多いかもしれません。僕は最近やるように、いや、やれるようになりました。
なぜこういうことが大切なのか。
結局、「なぜトイレが汚くなっているのか」という当たり前のことに気づくのです。
つまり、汚しているのは自分です。
臨済宗では自鉢(じはつ:修行中の雲水各自が持つ自分の器)をお湯で洗います。たくあんを一つ残し、そのタクアンを巧みに使い器の内側を拭いていきます。
そして洗ったお湯をどうするか。飲むのです。ごっくりと。
汚いなぁと思う人がほとんどです。でもなぜ汚いのか。なぜ自分の食べ終わったものが汚いのか。
それはまぎれもない、自分がきたなく食べているからです。器を汚しているからです。
慣れた人はそもそも器を汚さずに食べます。
そういう「己」を知る術がいたるところに、それは「仕掛け」のように張り巡らされているのを感じました。
トイレを掃除する。別に始めるのに動機が不純でもいいと思います。
そーゆーとってもシンプルなことを再認識させられる本でした。

2011年6月18日土曜日

「ものぐさ精神分析」

古本屋の殴り書き(書評と雑文)
唯幻論の衝撃/『ものぐさ精神分析』岸田秀

久しぶりに思い出した本です。アメリカの友人と話していてふとこの本にたどりつきました。読んだのはもう15年以上前のような気がします。

古い本で批判も多い本ですが、内容が完結されておりstraightforwardなわりには深い意味がたくさん隠されていました。時間ができればまた読みたい本です。



悔恨の情は、得意の折りには熟睡し
失意の時には苦みを増すものである。



Jean-Jacques Rousseau (28 June 1712 – 2 July 1778)

2011年1月10日月曜日

「君はおりこう みんな知らないけど」



「君はおりこう みんな知らないけど」

銀色夏生


たまには書評を。

口語調の散文詩。

すべてに共感、といった種類のものではないのだけれど、時々ドキッとしてしまうような言葉の鋭さがある。

大澤 誉志幸の「そして僕は途方に暮れる」の歌詞も銀色夏生さんの作品です。