2012年11月30日金曜日

停泊、休息、漂泊

今日はひさびさのOff day。

有給を消化中。MOMから「有給は消化するように」とのお達しもあり。

ちょっと立ち止まってこれからのことを検討中。

求められること、そのときそこにいること、求めないこと

去年の11月、誰にも「仕事に来てくれ」とは頼まれませんでした。

今日11月29日、「SAHがあるから来てくれ」とボスに頼まれました。一応今日は有給を取っているのでOfficialにはOffなのですが、行きました。

手術を手伝わせてもらえることは本当にうれしいことです。最近では後輩の指導を任されるようになりました。知っていることは全部教えています。

人には二種類のタイプがいます。技術を出し惜しみする人、とにかく教えてくれる人。

とにかく教えてくれる人は、後輩にありがたがられます。でもなぜか、上からの評価が、とくに日本ではあまり上がりません。教育熱心であることと、その情熱の第三者的評価が繋がらないからでしょうか。

僕はどちらかというと、やはり知っていることは教えるようにしています。失敗して覚えるのも手ですが、その都度痛い思いをするよりは、こういう痛い思い出があると教えることのほうが大切だと感じています。

とくに海外では、教えるということ自体、言語的障害に必ずあたります。


例えばSTAの剥離についても、日本語なら簡単に説明できますが、これを外国語で説明するとなるとまたややこしいのです。

なので、その言語的克服も兼ねて可能な限り言語化するようにしているのです。


去年の今、「手伝いに来てくれ」と声をかけられることなどありませんでした。


なんともありがたいことです。






2012年11月24日土曜日

Vietnam、Pre-congress、Operation

給料もらって働き始めて、はや1年が過ぎようとしています。

なんとかEPも更新されて、来週またLiversideのMOMに取りに行きます。3回目かな。

一年がむしゃらにやってきましたが、ボスから思わぬお言葉。

海外出張手術に同行することになりました。ついでにPrecongressで発表もしろと。

いきなりだったんですが、とりあえず「Yes,Boss」と返事しておきました。

EC-ICバイパスとCEA用のinstrumentを抱えていくことになりそうです。飛行機大丈夫かな。。。。

今から頭の中でシミュレーション中です。


2012年11月17日土曜日

決断、新展開、想像以上

よし、決めた。4月に新しいことをする。

変わらない毎日を送っていると思うよりも、目標を持って一日を生きていたい。



逆算式に人生を考えることの大切さ。目の前の瑣末に囚われつつ、捕らわれない生き方。


日本人はこれから近代化以降未曾有の外資による波に呑まれるんだろうな。動いているほうが安全とは言えないけれど、じっとして文句ぶつぶつ言ってる自分はそもそも面白くない。

宣言。

4月に新しい企画を始める。さて、そこから逆算。。。。。


2012年11月13日火曜日

連続当直、コーヒー、ICU

一日置きの当直がやっとひと段落。

やはり体がつらい。。。

朝は大体6時前後に起きて、前日の入院を総ざらいする。できないことも多い。夜中の入院が続けばMOにまかせきりになることもしばしば。

Op場から動けないときはMOを、いわゆる遠隔操作。状態をTELで把握して、指示出して、確認。

うまくいけば、朝回診前にコーヒーが飲める。

こっちではKopiという。

Kopi Oだったり、Kopi susuだったり、Kopi suidaiだったりもうKopiだけで20種類ぐらいあるのでよくわからない。とりあえず頼む。


朝のコーヒーはやっぱりおいしい。

ICU回診を早々に終えて、コンサルタントへの申し送りの準備をする。

若くはないけれど、患者のサマリーを頭に叩き込む。

年齢、性別、人種、既往歴、現病歴、誰と住んでいるか、ケアはだれがしていたか、PremorbidityはADLは、職業は、初発症状は、関連のある既往歴は、抗血小板薬は、Ope歴は、画像所見は、プランは。

慣れとは恐ろしいもので、『こんなこと英語でできるわけないわ』とMOが流暢にすべて覚えて10人ぐらいフツーに症例提示をしているのをみて愕然としたのを覚えているが、気がつけば自分がしている。


週一回行われる朝の総回診では、提示があまり上手でないMOが担当になった時は僕が「つけたし」をするようになってきた。自分でも、これができるようになるということなのかと、ふと思ったりする。

臨床なので、ポイントがわかっていれば頭に樹上図のように繋がりのあるデータとして入ってくる。その辺がまたつかめていないMOは情報の羅列で終わっている。そこの違いなんだろうと思う。

中には天才的な人物もいるんだけど、大抵みんな能力は同じぐらい(かなり高い能力だとは思うけど)。



少しずつ、少しずつ。やれることを。


2012年11月11日日曜日

がんばっておられる人へ



「それは無理だ」という人がいる。
「やっても無駄だよ」という人がいる。

 そのたびにくじける。気が重くなる。あきらめる。



大丈夫。そんなことしなくていい。気落ちしなくていい。

そういう人たちは、あなたに成功してほしくないだけだから。

そして、そういう人たちは、「何か」を諦めた人だから。


 それがなんであれ、この短い人生の中で「何か」を見つけたのならば、それをやっていけばいいと思う。

 始めることに遅いも早いもない。


 50代でUSAの大学院に入った友人がいる。アジア大陸を渡り歩く友人がいる。

 誰も彼らを止められない。彼らに「きっと無駄だよ」といったところで、笑って無視することだろう。

 
 共通点は、みな楽しんでいる。その過程において苦しいことはあるのだと思う。実際そのいくつかも知っている。でも好きだから続けていける。

 好きな「何か」が見つけられれば、続けていけるし、きっと誰かが見てる。

 がんばっているなら、諦めずにもう少し。

 もう少しだけがんばってみてください。


 疲れたら休憩したらいい。

 1か月でも、1年でも、10年でも。

 後から来た人に追い越されたら、笑って道を譲ればいい。

 夢を追いかけるなら、それぐらいの余裕も時には必要かもしれないとも思う。


 がんばっている人へ。

 大丈夫、道は開ける。松下幸之助がそう言っているんだから、間違いない。


2012年10月23日火曜日

再会、解逅、旧友


大阪で貴重な出会いがいくつもありました。

4つほど。


1つはかつての上司と再会を果たすことができたこと。メールで時間を約束すれば会えるのでしょうけれど、そういう出会いではなく、ただ会えるだろうという一心で先生を探していました。

すると会場のトイレでバッタリ。懇親会もそこそこにロビーでコーヒーを飲みながら話をしていました。気がつけば2時間が過ぎていました。たくさんの素晴らしい話を聞かせていただき、あぁ、こういう上司を持つことができて本当に自分は幸せなのだと思いました。師弟関係とはこういうものなんだろうなと思ったのです。

○「先生は思うがままに行きなさい。人がなんと言おうと構わない。その道がまた他の人の道を広げることになるだろうから」

○「日本人を背負う必要はないです。気負わずに。目の前の『困っている人を助ける』という風にしたらどうでしょうか」

○「僕は思うのです。物事はあるがようになる、と」

○「先生が輝いていることで、私も力をいただいた」

○「何かを押し付けてくる人と話すときはイエス、ともノーとも言わず『そうですか』で留めておきなさい。時間の無駄です」


 本当に面白い、変な言い方ですが尽きることのない、大切な、生涯の師だと思うのです。




2つ目は、まさしく『同じ釜の飯を食った』同期と再会できたことです。元上司とも一緒に楽しいひと時でした。こんな時間がまた来ることなど夢にも思いませんでした。同僚がシンポジウムで口演しているのを聞きながら、ただただ幸せを感じていました。


3つ目は山登りを一緒にした岡山のB先生との再会です。なぜか大きな会の毎に毎回会っています。何回同じ場所で会をしようとも会わない人もいるのに、本当にうれしい限りです。その後応援のメールもいただきました。


4つ目は、総会の後に大阪大学が主催するBMI(Brain machine interface)に参加したことです。脳外科の一つの進むべき方向性を得た気がします。そこで出会えた方々のおかげで、またシンガポールで一つ大きな可能性が生まれました。



 弁証法的経験とでもいう、同じところを回りながらもらせん階段のように少しずつ向かう場所に進んでいる。そんな経験をさせていただいた今回の総会でした。シンガポールに帰ればその日から当直という激しい業務が待っていましたが、それさえも乗り越えることのできる実りの多い帰国でした。

 やるべきことをやって、あとは天にまかせましょう。天を相手にしよう。余計なことを考えても仕方がない。




人を相手とせず天を相手にせよ。
天を相手として己を盡くし、
人を咎めず、わが誠の足らざるを尋ぬべし。

-   西郷隆盛 『大西郷遺訓』