You can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever. Because, believing that the dots will connect down the road will give you the confidence to follow your heart; even when it leads you off the well-worn path.
2012年6月19日火曜日
2012年6月14日木曜日
over the fence
一昔前、といっても半年ほど前なのだけれど、その頃に書いたことがある。
まだinside the fenceの状態で、over the fenceの風景を思い描いていた頃の話である。
越えられないかもしれない、と何度も想った事を、こういう静かな夜にふと思い起こす。
今この場所で最善を尽くさせてもらっていることに感謝の気持ちでいっぱいである。
名もない英語もままならない日本人を雇用し、部下とし、外来さえ任せてくれているボスに心から感謝している。
時に叱られ、昼ごはんも食べる暇なく走り回っていることもあるのだけれど、その中で自分の立ち位置を見つけさせてくれた同僚や上司、スタッフにいつもありがとうと伝えている。
がんばれば、必ず夢はかなうよ、なんてことは言えない。
タダ言えるのは、がんばれば、それなりのものが返ってくるよ、ということである。
僕の場合、幸いにもスタッフとして残ることができたのだけれど、僕より1年前に来た日本人は結局英語の試験が受からず帰ってしまったようだ。OPの更衣室に彼の靴だけが残っていた。今はロッカールームもメンテナンスが入り、その靴さえなくなった。Time flies
時々来る、シンガポールで医者をするにはどうしたらいいのですか、というメールにはあまり甘いことを言わないようにしている。9割以上の人が来てその言語的障害に苦しみ、乗り越えることが極めて困難だからだ。それほど、日本人の英語力というは通用しない。特にここの上流階級はUKで教育を受けている人が多いので、そのレベル以上を医師として求められる。
海外で医者をしたい、と僕は思った。
でもここで痛感するのは、そうではない、ということだ。
ここでは僕が外国人を見ているんではなく、
「外国人(日本人)に診られている」という考えのほうが上なのだ。なぜなら、お金を払っているのは彼らだからだ。
僕が、外国人なのだ。
外国で働きたい、ではなく、外国人がシンガポールで働いている。そういう考え方に変えていかなければいけない。
しかし、over the fenceの向こうには、素晴らしい世界が見えた。
様々な国からの人々と仕事をし、世界中から患者が集まってくる。日本的常識を持つことは大切だけど、それだけでは足りない。
日本にいる時、どれほど「日本的常識」を人に圧しつけていたか、また圧しつけられていたかを痛感している。これは、ここではしないようにしている。通用しないからだ。
こんなのありえない、という出来事がある。でもそれは受け入れるのだ。ここは日本ではない。日本の「モノサシ」で量ることは簡単だけど、それをしているうちは世界が広がらないことも心に刻んだ。観光客ならそれでもいいかもしれないけれど(お金払っているから)、お金をもらうとなると、自分の「モノサシ」を持ちつつ、最大限相手の「物差し」を尊重しなければならない。
イスラームの同僚の「祈りの日」は最大限尊重してやらねばならない。患者の家族が室内で「アッラー」への祈りをしている時も、最大限の尊重をしなければならない。
そういう世界で医療を経験している今を、僕は幸せに感じている。
まだinside the fenceの状態で、over the fenceの風景を思い描いていた頃の話である。
越えられないかもしれない、と何度も想った事を、こういう静かな夜にふと思い起こす。
今この場所で最善を尽くさせてもらっていることに感謝の気持ちでいっぱいである。
名もない英語もままならない日本人を雇用し、部下とし、外来さえ任せてくれているボスに心から感謝している。
時に叱られ、昼ごはんも食べる暇なく走り回っていることもあるのだけれど、その中で自分の立ち位置を見つけさせてくれた同僚や上司、スタッフにいつもありがとうと伝えている。
がんばれば、必ず夢はかなうよ、なんてことは言えない。
タダ言えるのは、がんばれば、それなりのものが返ってくるよ、ということである。
僕の場合、幸いにもスタッフとして残ることができたのだけれど、僕より1年前に来た日本人は結局英語の試験が受からず帰ってしまったようだ。OPの更衣室に彼の靴だけが残っていた。今はロッカールームもメンテナンスが入り、その靴さえなくなった。Time flies
時々来る、シンガポールで医者をするにはどうしたらいいのですか、というメールにはあまり甘いことを言わないようにしている。9割以上の人が来てその言語的障害に苦しみ、乗り越えることが極めて困難だからだ。それほど、日本人の英語力というは通用しない。特にここの上流階級はUKで教育を受けている人が多いので、そのレベル以上を医師として求められる。
海外で医者をしたい、と僕は思った。
でもここで痛感するのは、そうではない、ということだ。
ここでは僕が外国人を見ているんではなく、
「外国人(日本人)に診られている」という考えのほうが上なのだ。なぜなら、お金を払っているのは彼らだからだ。
僕が、外国人なのだ。
外国で働きたい、ではなく、外国人がシンガポールで働いている。そういう考え方に変えていかなければいけない。
しかし、over the fenceの向こうには、素晴らしい世界が見えた。
様々な国からの人々と仕事をし、世界中から患者が集まってくる。日本的常識を持つことは大切だけど、それだけでは足りない。
日本にいる時、どれほど「日本的常識」を人に圧しつけていたか、また圧しつけられていたかを痛感している。これは、ここではしないようにしている。通用しないからだ。
こんなのありえない、という出来事がある。でもそれは受け入れるのだ。ここは日本ではない。日本の「モノサシ」で量ることは簡単だけど、それをしているうちは世界が広がらないことも心に刻んだ。観光客ならそれでもいいかもしれないけれど(お金払っているから)、お金をもらうとなると、自分の「モノサシ」を持ちつつ、最大限相手の「物差し」を尊重しなければならない。
イスラームの同僚の「祈りの日」は最大限尊重してやらねばならない。患者の家族が室内で「アッラー」への祈りをしている時も、最大限の尊重をしなければならない。
そういう世界で医療を経験している今を、僕は幸せに感じている。
2012年6月2日土曜日
2012年5月28日月曜日
「very impressive」
最近家族説明をすることが増えてきた。
いや、全面的にやっている。
そうなると、日本では考えられもしなかったことがたくさん起こってくる。
人類みな兄弟とはよく言ったものだが、
やっぱり民族や宗教、国籍によって考え方もとらえ方も全然違う。
当たり前だろ、と言われればその通り。しかし現実にその壁にぶつかっていくとなると、「人それぞれ」では終わらない。
話せばわかる、という部分と、話しても分からないという部分。
思った以上に分かりあえる部分。そういった「落とし所」をそれぞれに試行錯誤しながら会話を進めていく。
日本ではほとんどなかった海外転院搬送が日常のように起こり、国境を越えて患者が運び込まれてくる。
僕が心掛けていること。
それは、
「日本でやってきた気遣いをそのままする」
ということ。
いつものように説明を終え部屋から出ると、麻酔科のインド人から言われた言葉。
「お前の説明はvery impressiveだ。初めてだよ。うん、良かった」と言ってもらえた。
うれしかったのはもちろんなのだけれど、ちゃんと家族にも伝わっていたのが嬉しい。心の機微や琴線のありようは国によって違うけれど、まったく通じないというものでもない。
相互理解という幻想に絶望しながら、それでも時に信じ貫くのならば、ある程度道は開けるのではないか。そう今は信じている。
一方で、盲信してはならないと危惧する。机上の相互理解は、日本以外では通用しないと覚悟したほうがいいと思う。
海外で財布からお金を出すのは簡単。
海外で財布にお金を入れてもらうのは、、、、。もう誰もニコニコはしてくれない。お金を出してくれるから、下手な英語も聞いてくれていた、ということを痛感する。
「お前ではわからないから、変われ」と言われるくやしさや、苦しみは、たぶん若いうちでしか我慢できないのかもしれない。そうやって多くの駐在員が、日系会社であるにもかかわらず鬱になっていくことが少なからずある。今まで出来ていた仕事が、語学力のためだけに「子供扱い」されるからだ。
実際会議についていけないから、仕事にもならない。僕らで言えば、カンファレンスについていけなければ、話にならない。
ほんの少し前まで、僕もそうで、カンファレンスでなにを言っているのか分からなかった。特に数字が分からない。バカみたいに聞こえるだろうけれど、「6」「8」「1」とかタタタっと言われると、頭がついていかない。15mgと50mg、500mlと510ml。そういう違いを瞬時に聞きとれるようになるまで、数カ月以上かかった。
まだまだ。。まだまだ。
いや、全面的にやっている。
そうなると、日本では考えられもしなかったことがたくさん起こってくる。
人類みな兄弟とはよく言ったものだが、
やっぱり民族や宗教、国籍によって考え方もとらえ方も全然違う。
当たり前だろ、と言われればその通り。しかし現実にその壁にぶつかっていくとなると、「人それぞれ」では終わらない。
話せばわかる、という部分と、話しても分からないという部分。
思った以上に分かりあえる部分。そういった「落とし所」をそれぞれに試行錯誤しながら会話を進めていく。
日本ではほとんどなかった海外転院搬送が日常のように起こり、国境を越えて患者が運び込まれてくる。
僕が心掛けていること。
それは、
「日本でやってきた気遣いをそのままする」
ということ。
いつものように説明を終え部屋から出ると、麻酔科のインド人から言われた言葉。
「お前の説明はvery impressiveだ。初めてだよ。うん、良かった」と言ってもらえた。
うれしかったのはもちろんなのだけれど、ちゃんと家族にも伝わっていたのが嬉しい。心の機微や琴線のありようは国によって違うけれど、まったく通じないというものでもない。
相互理解という幻想に絶望しながら、それでも時に信じ貫くのならば、ある程度道は開けるのではないか。そう今は信じている。
一方で、盲信してはならないと危惧する。机上の相互理解は、日本以外では通用しないと覚悟したほうがいいと思う。
海外で財布からお金を出すのは簡単。
海外で財布にお金を入れてもらうのは、、、、。もう誰もニコニコはしてくれない。お金を出してくれるから、下手な英語も聞いてくれていた、ということを痛感する。
「お前ではわからないから、変われ」と言われるくやしさや、苦しみは、たぶん若いうちでしか我慢できないのかもしれない。そうやって多くの駐在員が、日系会社であるにもかかわらず鬱になっていくことが少なからずある。今まで出来ていた仕事が、語学力のためだけに「子供扱い」されるからだ。
実際会議についていけないから、仕事にもならない。僕らで言えば、カンファレンスについていけなければ、話にならない。
ほんの少し前まで、僕もそうで、カンファレンスでなにを言っているのか分からなかった。特に数字が分からない。バカみたいに聞こえるだろうけれど、「6」「8」「1」とかタタタっと言われると、頭がついていかない。15mgと50mg、500mlと510ml。そういう違いを瞬時に聞きとれるようになるまで、数カ月以上かかった。
まだまだ。。まだまだ。
2012年5月22日火曜日
外来
外来が忙しくなってきました。
任されるのはうれしいのですが、やっぱり大変です。
中国語の通訳がいないと仕事になりませんが、通訳も結構いい加減だったり、医学用語が出てこなかったりで、これは自分で中国語単語集を作らなければいけないのかな、などと外来中に思ったりしていました。
基本はボスの第二外来なのですが、なかなか忙しい外来です。システムも紙カルテ以外は全てオ―ダリングなので、患者の呼び出しから処方、検査オーダー全てPCで立てなければなりません。日本と一緒だなと思いながらやっています。
Medisaveというシステムがあり、これを使うかどうか、使えるかどうかなどの判断がDrに求められます。このあたりは日本ではなじみのないシステムなので、私もまだまだ勉強中です。
任されるのはうれしいのですが、やっぱり大変です。
中国語の通訳がいないと仕事になりませんが、通訳も結構いい加減だったり、医学用語が出てこなかったりで、これは自分で中国語単語集を作らなければいけないのかな、などと外来中に思ったりしていました。
基本はボスの第二外来なのですが、なかなか忙しい外来です。システムも紙カルテ以外は全てオ―ダリングなので、患者の呼び出しから処方、検査オーダー全てPCで立てなければなりません。日本と一緒だなと思いながらやっています。
Medisaveというシステムがあり、これを使うかどうか、使えるかどうかなどの判断がDrに求められます。このあたりは日本ではなじみのないシステムなので、私もまだまだ勉強中です。
2012年5月18日金曜日
同時通訳
Yokohamaでコングレスがあったので同時通訳+勉強で参加してきました。
同時通訳のブースはパシフィコ横浜メイン会場国立大ホールの左ウイングに3か所設置されています。ここの同時通訳ブースはガラス窓が出窓になっており、通訳者には非常に使いやすい構造になっています。
場所によっては覗き込まないとスライドが見えなかったり、手前のブースだとまったく見えない、などということもあるのですが、ここはやはりパシフィコ。どこのブースからもスライド閲覧が容易になるように設置されていました。
私の担当はBrain Machine Interfaceの発表だったのですが、演者の説明が論理明快であり非常に訳しやすいものでした。Brain Mappingのスライドも担当したのですが、スライドがすべて日本語でかつぎっしりと文字が詰まっていたので、私の通訳も詰まってしまいました(笑)。というのは言い訳で、演者の早い論理展開と早口にまったくついていけなかったのです。海外から来られた方にはご迷惑をかけたと思います。
通訳者の観点からはやはり、スライドは以下のようであってほしいなぁと思います。
1.7行7文字ルール。
一スライドに7行以上入れない。それ以上なら論旨がサマライズされていないことが多い。
2.会場後ろに座っている人が見えない文字は使用しない。
JPGなどをそのまま小さい文字付きで載せておられる方がいます。気持ちはわかりますが、それは思い切って切り取り、スピーチで説明されるのがよいかと思います。
3.ゆっくり話す
これは希望です(笑)
2012年5月14日月曜日
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